ギャラリー萩

石川県加賀市 「ギャラリー萩」のホームページです。

世界遺産 高野山

奥之院へ続く参道にはなんと20万基を越す墓碑が並んでいます。樹齢100年を超す杉の林の間にひっそりと・・・。歴史の英雄たちの墓碑もあちこちに点在しています。左が織田信長、乱世の天才(もし本能寺の変がなかったら、日本の歴史は大きく違った方向へ行ったでしょうに)としては実につつましいいものでした。そうしてしばらく歩くと明智光秀の墓所。主君だった信長より少し立派です。近くには秀吉の墓所もあり、戦国の時代がそのまま苔むした参詣道に眠っているようです。諸行無常。

徳川家康・秀忠の霊台は奥之院とは離れた別の場所に建てられています。歴史は勝者のもの、改めて思いました。三代将軍家光の命で、当時最高の職人・職工たちによって造営されました。その後建造された日光東照宮のミニチュアのような、精巧で美しい建物です。内部は壁、柱、天井、図示に至るまで金銀蒔絵や極彩色金具などで華やかに飾られているといいます。(いつか入ってみたい)

高野山へは南海電車、こうや花鉄道「天空」で向かいました。一日2往復のみ、鉄道ファンの憧れでもあり、ホームにはカメラを構えて待つ人がたくさんいます。ちなみに左手前の帽子の頭は私の孫。高野山行は次女夫婦からの母の日プレゼントでした。五月晴れのいい天気に恵まれ、宿坊に泊まり精進料理をいただいてとてもいい旅でした。何より高野山の森、林のスケールがとてつもなく大きいことに感動でした。

樹齢600年の杉もあったりして、特別母樹林の札を付けた老杉がたくさんありました。そうしてシャクナゲが満開、高野山町の町の木ということでしたが、大きく美しく枝を広げ柔らかな花をつけています。高山植物がこのように庭木のように生えているのを見て、ここが標高800メートルを越えた場所なのだと合点。そうして墓碑の前には高野槇が供えられています。瑞々しい緑はいかにもこの聖地にふさわしいものでした。 秋篠宮家の悠仁さまのお印の木でもあります。この木は大正12年に秩父宮殿下が植えられたもの。人間でいえば90歳ということでしょうが、まだまだ青年という感じの勢いです。

宿坊での食事も済み一人で出かけました。まだ夜の9時前だというのに人の姿はありません。車が時々通るだけの大通りを歩き、壇上伽藍に向かいました。極採色の根本大塔はライトアップされていて遠くからでもよく見えます。それにしても誰もいない・・・静寂と荘厳とが闇の中の私を包み込みます。ライトアップされることのなかった遠い昔はどうだっただろう。光と闇が交差するこの空間でいろんなことを思い祈りましたました。1200年の時を刻むこの聖地はただここにあるということで人々の心の灯りになっていたのでしょう。下の写真左は昼の根本大塔と金堂です。右は徳川霊廟近くの金輪塔、若葉の中こよなく美しい姿です。

今週末は仙台、東北路です。母の33回忌、姉夫婦、妹夫婦と私たちと栗駒山麓のお宿で母を偲びます。そうして6月7日から、洋画家西山英二先生の、ヨーロッパ風景画展が始まります。80歳、旺盛な制作意欲と日本人離れした独自の感性とで人気の作家です。昨秋画歴40周年記念展を開いたばかり、展示できなかった小品を集めた展観です。

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