私のゴールデンウィーク
2016年5月9日
自営自由業の夫と私には、昔から土・日や連休には無縁でした。休日にわざわざ混雑を求めて出かけなくても、いつでも思い立った時に出かけることができたからでしたが、社会人になりサラリーマンになった息子や娘たちと一緒に過ごそうと思うと、ゴールデンウィークに出かけねばなりません。というわけで息子たちの計画に乗って飛騨高山・下呂温泉の旅に出かけたのでした。夫の車に息子夫婦と私達、お嫁さんのご家族3人がもう一台の車でドライブです。快晴に恵まれて心弾む旅となりました。高山ではCENTER4 HAMBURGERSへ一目散。息子のお目当てはここ、だからの高山行きだったのですが、外人旅行者の人気ナンバーワン、日本で2番目に美味しいハンバーガーということで、当日早い者勝ちの予約を取るためです。10時半に並び1時15分の予約をもらいました。高山の町の端っこ上一之町の小さなお店です。
予約をしていると次々とお客さんが集まって来ます。
高山の旧市街は人人人で、飛騨牛の肉まん、串焼きには行列が。何度か歩いたことがある街ですが、人の数がけた違いで、ゆっくり散策というムードには程遠い感じでした。でもいつも思うのですが、この町には昔のいいものがしっかりと残っていて、今なお現役の病院だったりと、しっかりと機能しているのです。生きている町、文化財。まずはコーヒーを一杯と入ったのが遊朴館。町に入った時から気になっていた壁のオブジェ。
そうか、挟土秀平かもと、直観。お店の前に彼の展示会のポスターが貼ってありました。明日ここに行こうとすぐ話はまとまり、光ミュージアムが予定に加わることになりました。真田丸のタイトル以来気になる人だったので、ラッキーなこと。夫は光ミュージアムそのものにも興味があり、是非行ってみたいと思っていたらしい。そうか、高山だったのかと、改めて喜んでいました。事前に何も考えず、息子夫婦任せの旅だったので、予想外の嬉しい展開にお嫁さんの母上も大喜び。ところで、大事なハンバーグ、数量限定の飛騨牛バーガーは売り切れ、普通のバーガーになりましたが、見事な大きさにお味、一昔前のアメリカの日常生活品のオブジェで飾られた店内の雰囲気ともマッチして大満足でした。
古道具屋さんの奥にある小さな佇まいのお店、日本の古民家町屋なのにアメリカの田舎家のような感じでもあるのが不思議でした。何故か懐かしい~気分でした。機会があったら、今度こそ食べ損ねた飛騨牛バーガーを、食べてみたいものです。ハンバーガーと言えば、2011年秋、ニューヨークのアッパーイーストサイドにあったホイットニー美術館のラウンジで食べたハンバーガーの美味しさに衝撃でした。家具作家のH君と一緒だったのですが、ハンバーガー世代の彼も感激、ジューシーなパテは今までどのレストランでいただいたハンバーグ以上でした。マックしか知らない身にとっては、まるで別物、まさに未知の味でした。その時と同様の美味しさでしたが、感動度からするとニューヨークでの体験以上のものではありませんでした。だから飛騨牛を食したいと思うのですが・・・。シンプルな食べ物だけに素材が命、外人さんに人気というのは、この辺りなのでしょう。また、来ようっと!!
光ミュージアムは、何とも巨大すぎて、アートと私との距離が遠い感じです。こんなものも持ってます、こんなものもあります、次々と出して見せられているような、落ち着かなさがあって、タカラがそれ相応の見せられ方をしていないという印象でした。生意気を言うようですが、これが正直な感想でした。お目当ての挟土秀平展は、一部屋しっかりと挟土秀平でした。人となりも含め、分かりやすく彼の世界を堪能してきました。NHK大河ドラマのタイトルを見ていると、光ミュージアムで間近に見た挟土秀平の左官アートが次々と出てきます。天然の土の持つ美しさが最大限に表現されていて、確かにアートだと思わされます。左官技術の極みによって生み出されたアート、人生をかけた仕事の結果です。高山が彼の故郷、なるほどと思わせられるものをこの町は持っていました。挟土秀平展は高山観光とセットで味わうものでした。そのような旅になったこと、予測外でしたが、私達って運がいい!!、と思ったものでした。
光ミュージアム、パーキングから入口へ向かうアプローチです。屋上には巨大なピラミッドが作られています。建物の内も外も美しい白い大理石で覆われています。挟土秀平氏の壁もいたるところで様々な表情を見せてくれ、この美術館を装ってくれています。挟土秀平氏は「光ミュージアムの建築は、俺の若き日の”一か八かの大勝負”であり、青春だった」と語っていますが、そうだったとすれば、何という幸せな日々だったことでしょう。
乗鞍岳の姿が見えました。山好きの夫が大喜び。